再審開始 足利事件18年目の真実<1> 魔力にかすんだ反証 DNA型鑑定
2009年6月24日 朝刊
菅家利和さんが事件当時乗っていた自転車。「荷台に女児を乗せた」とうその供述。後ろは遺体発見現場を指さす佐藤博史弁護士=5月16日、栃木県足利市の渡良瀬川河川敷で
栃木県警足利署の二階にある取調室で、菅家利和さん(62)は二人の刑事から追及を受けていた。殺人や強盗事件を担当する県警捜査一課。強行犯班班長の警部たちだった。
「おまえ、子どもを殺しただろう」
「やってません」
一九九一年十二月一日。自宅から早朝、同行を求められた。
午前八時ごろから始まった取り調べは、逮捕もされていないのに連続十三時間。その間、一回ずつだが、髪の毛を引っ張られ、足をけ飛ばされた。
ついに、うその自供をした。刑事の手を握り、ひざが涙でぐっしょりぬれるほど泣いた。「完オチした」と勘違いした刑事の顔はほころんだが、本当は「どうにもならないという悔し涙だった」と菅家さんは言う。
無実なのに、なぜ自白してしまうのか。
「犯人と信じる捜査員は一切弁解を聞かない。孤立無援の中、朝から夜遅くまで取り調べられたら、認めた方が楽という心境になるのです。たいていの人は自白します」
浜田寿美男・奈良女子大教授(法心理学)は、菅家さんがうその自白を強いられた典型例だと指摘する。無罪が確定した甲山(かぶとやま)事件などで、逮捕された元被疑者の供述証拠を数多く、鑑定してきた。
いったん自白すると被疑者は物語を作る。矛盾しない話にしないと、刑事から怒られるからだ。怒鳴り声から身を守るため、菅家さんも懸命に考えた。
パチンコ店の駐車場にいた女児を自転車に乗せて渡良瀬川の河川敷の茂みに行き、自慰行為をした後、女児の首を絞めた−。
「うそがばれたらいけないという心理になり、犯人を演じようとします。捜査官との対決はそれぐらい、つらい」と浜田教授。捜査官のささいな言葉にも敏感になる。「本当にそうか?」と言われれば、その言い方をヒントに話をつくる。結果として供述は誘導されるという。
自白の裏付け捜査はどうだったのか。遺体発見現場周辺から足跡はいくつか採取されたが、菅家さんの靴とはどれも合致しなかった。犯行後、スーパーで買い物したとの自白を裏付けるレジの記録も出てこなかった。
女児を自転車に乗せたと自白すると「男と被害者らしい女児が河川敷の公園を歩いていた」との目撃証言は軽視された。
菅家さんと女児の下着に付いていた体液のDNA型が一致したとの鑑定を前に、客観的な事実がかすんだ。八百人に一人の一致という精度の低い鑑定でも当時は最新の科学捜査。強力な証拠だと信じた。
控訴審から弁護人になった佐藤博史弁護士は語る。「捜査官と法律家の目を狂わせた。それがDNAの魔力だったのです」
自白させた当時の警部はすでに退官。本紙の数回にわたる取材に「自白の強要は絶対にない。本当のことを話してくれと言い続けただけだ」と話す。「いまでも捜査に間違いはないと思っている」。DNA型鑑定だけではなく、必要な捜査はやりつくした、と。だが、そうでなかったことは、犯人しか知り得ない「秘密の暴露」が自白に一切なかったことが物語っている。
◇
逮捕されてから十八年。菅家さんが釈放された足利事件は、裁判員制度の実施を前に、刑事司法を根本から揺さぶっている。再審開始決定を機に、捜査と裁判のどこに問題があったのかを考える。
「足利事件」より引用
2009年06月29日
足利事件
posted by 肉まん父さん at 09:14
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